なぜ災害時は公衆電話がつながりやすいのか ― 技術的な理由

コミュニケーション

はじめに|現代でも重要な災害時の通信手段

スマートフォンが生活に欠かせない道具となった現代、街角の公衆電話を日常的に使う人はほとんどいなくなりました。多くの人にとって公衆電話は「昔懐かしいもの」「もう必要ないもの」という印象かもしれません。

しかし、地震や台風などの大規模災害が発生した際、「スマートフォンが全くつながらなくなったが、公衆電話なら通話できた」という体験談を耳にすることがあります。実際、東日本大震災や熊本地震などの際には、公衆電話が重要な通信手段として大きな役割を果たしました。

なぜ最新のスマートフォンがつながらない状況でも、古い技術である公衆電話なら通信できるのでしょうか。この記事では、公衆電話が災害時に強い理由を技術的な観点から詳しく解説します。

通信方式の根本的な違い|有線と無線の特性

スマートフォンの通信方式とその弱点

スマートフォンをはじめとする携帯電話は、電波を使って基地局と通信する「無線通信」システムです。この仕組みには便利さがある一方で、災害時には大きな弱点となる特徴があります。

まず、電波は空間を伝わる性質上、同じ周波数帯を多くの人が同時に使用すると混信や容量不足が起こります。平常時なら問題ない程度の利用者数でも、災害時のように短時間で大量の通話やデータ通信が集中すると、まさに「電波の大渋滞」状態となってしまいます。

さらに、基地局自体が災害によって損傷を受けたり、停電により機能を停止したりすることもあります。一つの基地局がダウンすると、その周辺エリア全体の通信が不可能になってしまいます。

公衆電話の有線通信という強み

一方、公衆電話は銅線やファイバーケーブルなどの物理的な線を通じて電話局の交換機に直接接続されている「有線通信」システムです。この方式には災害時において重要な利点があります。

有線通信では、電波の混雑に影響されることがありません。どれほど多くの人がスマートフォンで通話を試みても、公衆電話の回線容量には直接的な影響を与えないのです。また、地中に埋設された電話線は、地震や台風などの災害に対して比較的強い構造になっています。

電話線が物理的に切断されない限り、公衆電話は安定して通信機能を維持できます。この「物理的な接続」こそが、災害時における公衆電話の最大の強みなのです。

通信規制における特別な地位

災害時の輻輳規制とは

大規模災害が発生すると、通信事業者は「輻輳規制」(ふくそうきせい)と呼ばれる通話制限を実施します。これは、一度に大量の通話が集中することで通信網がパンクし、緊急通話も含めてすべての通信が不可能になることを防ぐための措置です。

平常時には1秒間に処理できる通話数に余裕がありますが、災害時には通話量が10倍以上に跳ね上がることがあります。すべての通話を受け入れてしまうと、システム全体がダウンしてしまうため、一部の通話を制限することで最低限の通信機能を維持しようとするのです。

この規制が実施されると、一般的なスマートフォンや固定電話から発信できる確率は大幅に下がります。場合によっては、通話成功率が10%以下になることもあります。つまり、10回電話をかけても1回つながるかどうかという状況になってしまうのです。

公衆電話の優先的地位

しかし、公衆電話はこの輻輳規制の「対象外」として扱われています。これは、公衆電話が「災害時における重要な公共通信手段」として法的にも技術的にも位置づけられているためです。

総務省の定める基準では、公衆電話は災害時でも一定の通信品質を確保することが義務づけられており、通信事業者は公衆電話からの通話を優先的に処理するシステムを構築しています。このため、スマートフォンからの通話がほとんどつながらない状況でも、公衆電話なら比較的高い確率で通話が可能になるのです。

電源供給システムの独立性

スマートフォンの電源依存性

スマートフォンが通信するためには、端末本体のバッテリーと基地局の電源の両方が正常に動作している必要があります。災害時には停電が発生することが多く、基地局の予備電源も数時間から長くても数日程度しか持ちません。

また、利用者側でも充電環境が確保できないため、スマートフォンのバッテリーが切れてしまうケースが頻繁に起こります。どれほど通信網が正常でも、端末の電源がなければ通話することはできません。

公衆電話の自立した電源システム

公衆電話には、災害時でも動作し続けるための特別な電源システムが備わっています。公衆電話には主に2つのタイプがあり、それぞれ異なる電源供給方式を採用しています。

アナログ公衆電話は、電話線そのものから供給される微弱な電力で動作します。これは「局給電」と呼ばれる方式で、電話局から電話線を通じて送られてくる直流48ボルトの電力を使用しています。この電力は通話に必要な最低限の機能を動作させるのに十分で、停電していても電話局の電源が生きていれば公衆電話は使用可能です。

デジタル公衆電話の場合は、通常時は商用電源を使用していますが、停電時には内蔵バッテリーに自動的に切り替わります。このバッテリーは災害時の使用を想定して設計されており、一定時間の通話を可能にします。

さらに、電話局自体も災害時を想定した電源バックアップシステムを備えています。非常用発電機、無停電電源装置(UPS)、大容量バッテリーなどにより、長時間の停電にも対応できる設計になっています。

災害時における特別な役割

災害時特設公衆電話の設置

大規模災害が発生すると、通信事業者は避難所や自治体の施設などに「災害時特設公衆電話」を緊急設置します。これは平常時には設置されていない特別な公衆電話で、被災者が無料で利用できます。

この特設公衆電話は、既存の電話回線を活用して迅速に設置されるため、基地局の復旧を待つ必要がありません。避難所に避難した人々が家族や友人との連絡を取るための重要な手段となります。

災害用伝言サービスとの連携

公衆電話からは「171番災害用伝言ダイヤル」に簡単にアクセスできます。この サービスは、災害時に家族間の安否確認を効率的に行うためのシステムで、音声メッセージを録音・再生することができます。

スマートフォンのインターネット通信が混雑していても、公衆電話の音声回線を使って伝言を残すことができるため、より確実な安否確認手段として機能します。また、操作方法も音声ガイダンスに従うだけなので、普段スマートフォンを使い慣れていない高齢者でも利用しやすい仕組みになっています。

過去の災害における実績

阪神淡路大震災での教訓

1995年に発生した阪神淡路大震災では、携帯電話の普及率がまだそれほど高くなかった時代でしたが、それでも通信インフラの重要性が強く認識される災害となりました。地震により多くの電話線が切断され、一般の固定電話も大きな被害を受けましたが、比較的被害の少なかった地域の公衆電話は貴重な通信手段として活用されました。

この災害を契機として、災害時における通信確保の重要性が再認識され、公衆電話の災害対応機能強化が進められることになりました。

東日本大震災での公衆電話の活躍

2011年の東日本大震災では、津波により多くの基地局が損壊し、広範囲でスマートフォンや携帯電話が使用不能になりました。一方、内陸部や高台にある公衆電話の多くは機能を維持し、被災者の重要な連絡手段となりました。

また、避難所に設置された災害時特設公衆電話も大きな役割を果たしました。多くの避難者がこの特設公衆電話を使って家族の安否確認を行い、171番災害用伝言ダイヤルの利用も急増しました。

熊本地震における迅速な対応

2016年の熊本地震では、地震発生直後から公衆電話の重要性が再確認されました。基地局の損傷により携帯電話の通信が困難になった地域でも、公衆電話は比較的安定して利用できました。

また、避難所への災害時特設公衆電話の設置も迅速に行われ、被災者の通信ニーズに応えました。この災害を通じて、公衆電話が現代でも重要な災害時通信手段であることが改めて実証されました。

公衆電話ネットワークの技術的特徴

冗長性の確保

公衆電話ネットワークは、災害時でも通信を維持するために「冗長性」という設計思想を重視しています。これは、一部の設備が故障しても別のルートで通信を継続できるよう、複数の経路や予備システムを用意しておくという考え方です。

例えば、主要な電話線が切断されても、迂回ルートを通じて別の電話局経由で通信できるような設計になっています。また、重要な電話局には複数の電源系統を用意し、一つの電源が失われても別の電源で運用を継続できるようになっています。

保守・点検体制の充実

公衆電話は、その重要性から定期的な保守・点検が徹底されています。災害時に確実に機能するよう、平常時から機器の動作確認、清掃、部品交換などが計画的に実施されています。

また、災害が予想される場合には、事前に特別な点検を行い、必要に応じて予防的な部品交換や設定変更を実施することもあります。

現代における公衆電話の意義と課題

設置台数の減少と維持の重要性

スマートフォンの普及に伴い、公衆電話の日常的な利用者は大幅に減少し、設置台数も年々減っています。しかし、災害時における重要性を考慮し、一定の設置密度は維持される方針が取られています。

特に、避難所指定施設の近くや交通の要所、人口密集地域などでは、災害時の通信確保の観点から公衆電話の設置が継続されています。

次世代技術との融合

近年では、公衆電話の機能をさらに向上させるため、新しい技術との融合も検討されています。例えば、Wi-Fiアクセスポイント機能を付加した公衆電話や、緊急時に自動的に災害情報を放送する機能を持つ公衆電話などの研究開発が進められています。

まとめ|現代社会における公衆電話の価値

スマートフォン全盛の現代にあっても、公衆電話が完全に姿を消さないのは、災害時における「最後の砦」としての重要な役割があるためです。

公衆電話が災害時に強い理由は、その技術的特徴にあります。有線通信による電波混雑の回避、通信規制における優先的地位、独立した電源システム、そして災害時特設公衆電話や伝言ダイヤルとの連携機能。これらすべてが組み合わさることで、公衆電話は現代でも「災害時の生命線」として機能し続けています。

普段はスマートフォンで十分な通信ができていても、災害はいつ発生するかわかりません。いざという時のために、自宅や職場、通勤経路での公衆電話の設置場所を確認しておくことをお勧めします。

また、公衆電話の使い方や171番災害用伝言ダイヤルの利用方法についても、事前に確認しておくことで、緊急時により迅速で確実な連絡を取ることができるでしょう。

公衆電話は単なる「古い技術」ではなく、現代の高度な通信社会においても重要な役割を果たし続ける「災害に強い通信インフラ」なのです。この価値を理解し、適切に活用することで、私たちの安全と安心をより確実なものにすることができます。

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