ニュースで「難民申請」という言葉を聞いたことはあっても、実際にどのような制度なのか詳しく知らない人も多いのではないでしょうか。近年、世界各地での紛争や迫害により、故郷を追われる人々が増加しており、難民問題は国際社会共通の課題となっています。
この記事では、難民申請制度の基本から、日本の現状、世界との比較まで、分かりやすく解説していきます。
難民申請の基本を理解しよう
難民申請とは、自分の国で安全に生活できなくなった人が、他の国に保護を求める正式な手続きのことです。
難民申請が必要になる理由
政治的迫害
政府に反対的な意見を持ったために逮捕や処罰の危険にさらされる場合。独裁政権下での政治的弾圧が典型例です。
宗教的迫害
特定の宗教を信仰していることを理由に、弾圧や暴力を受ける場合。宗教的少数派への組織的な迫害が世界各地で起きています。
人種・民族差別
特定の人種や民族であることを理由とした差別や暴力。ジェノサイド(集団殺害)のような極端なケースもあります。
戦争・紛争
内戦や国際紛争により、一般市民の生命が危険にさらされる場合。シリア内戦やアフガニスタン情勢などが現代の代表例です。
経済移住との違い
重要なのは、難民申請は「より良い生活を求める移住」とは根本的に異なることです。難民は「生命の危険から逃れるため」に故郷を離れざるを得ない人々です。
- 経済移住:より良い仕事や生活環境を求める移住(選択の余地がある)
- 難民:迫害や生命の危険から逃れる移住(選択の余地がない)
この区別は、各国の審査でも重要な判断基準となります。
国際的な難民の定義とルール
難民の定義は、1951年に国連で採択された「難民の地位に関する条約」(難民条約)で定められています。
難民条約による定義
条約では、難民を次のように定義しています:
「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会的集団の構成員であることを理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの、または恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」
難民条約の重要な原則
ノン・ルフールマン原則(非送還原則)
迫害の恐れがある国へ難民を強制送還してはいけないという原則。これは国際法上の義務とされています。
差別禁止
締約国は、難民を人種、宗教、出身国等を理由に差別してはならない。
基本的権利の保障
難民には、教育、就労、医療などの基本的な人権が保障されるべきとされています。
条約の現状
現在、この条約には149か国が加盟しており、難民保護の国際基準として機能しています。ただし、条約が作られた1950年代と現在では、難民を生み出す要因が多様化しており、制度の見直しも議論されています。

日本の難民申請制度の仕組み
日本は1981年に難民条約に加入し、翌1982年に難民認定制度を開始しました。
申請から認定までの流れ
1. 難民認定申請の提出
- 出入国在留管理庁(入管)に申請書と関連資料を提出
- 申請は原則として日本に入国してから6か月以内(例外あり)
2. 一次審査
- 入管による書面審査と面接
- 申請者の出身国情報や個人的事情を詳しく調査
- 通訳を通じて母国語での面接が行われる
3. 審査結果の通知
- 認定:「定住者」の在留資格が与えられ、就労や社会保障の権利を得る
- 不認定:理由書とともに不認定の通知
4. 不服申立て(異議申し立て)
- 不認定の場合、60日以内に異議申し立てが可能
- 難民審査参与員(外部有識者)による再審査
5. 最終的な不認定の場合
- 行政訴訟を通じて裁判所で争うことも可能
申請に必要な書類
- 難民認定申請書
- 迫害の事実を示す証拠資料
- 出身国の情勢に関する客観的資料
- 身分を証明する書類
証拠資料の不足は不認定の大きな要因となるため、詳細で客観的な資料の準備が重要です。
申請者の出身国
近年の申請者の出身国上位は以下の通りです(2022年データ):
- スリランカ
- カンボジア
- ネパール
- トルコ
- ミャンマー
出身国の政情不安定化により、申請者数は年によって大きく変動します。

なぜ日本の難民認定率は低いのか
日本の難民認定率は長年にわたって1%を下回っており、これは国際的に見ても極めて低い水準です。
統計で見る日本の難民認定
2022年の実績
- 申請者数:3,772人
- 難民認定者数:202人
- 認定率:約5.4%(前年より改善)
過去10年の推移
- 2013年:認定率0.2%(6人/3,260人)
- 2018年:認定率0.4%(42人/10,493人)
- 2022年:認定率5.4%(202人/3,772人)
認定率が低い主な要因
厳格な審査基準
- 迫害の立証責任が申請者に重く課される
- 客観的証拠資料の提出を厳しく求められる
- 個人的迫害と一般的な治安悪化の区別が厳格
審査体制の課題
- 審査官の専門知識や経験にばらつき
- 出身国情報の収集・分析体制の不備
- 通訳の質や文化的理解の不足
制度運用の厳格さ
- 申請期限(6か月ルール)の厳格な適用
- 証言の一貫性を重視した審査
- 就労目的の申請との区別を重視
改善に向けた取り組み
近年、制度改善の議論も進んでおり、以下のような変化も見られます:
- 審査期間の短縮への取り組み
- 審査官の専門性向上
- 関係機関との連携強化
- 国際的な基準との整合性検討
世界の難民受け入れ状況
日本の状況を理解するため、他国の難民受け入れ状況と比較してみましょう。
主要国の難民認定率(2021年)
認定率の高い国
- ドイツ:約25%
- フランス:約21%
- カナダ:約55%
- イタリア:約32%
日本:約1%(当時)
各国の特徴
ドイツは2015年以降、シリア難民を中心とした大量受け入れを行い、現在では年間約20万人の申請者を処理する体制を整えています。社会統合プログラムも充実しており、言語教育から職業訓練まで包括的な支援を提供しています。
アメリカは年間受け入れ上限を設定し、近年は5-10万人程度を受け入れています。厳格な事前審査システムを採用する一方で、第三国定住プログラムなど国際的な責任分担にも積極的に取り組んでいます。
カナダは政府支援と民間スポンサーシップを併用した独特の制度を持ち、多文化主義政策との整合性を保ちながら高い社会統合成功率を実現しています。市民社会の参加が制度に組み込まれているのが特徴です。
オーストラリアは離島での収容・審査システムという厳格な不法入国対策を取る一方で、計画的な人道的受け入れも実施しており、メリハリの利いた政策を展開しています。
アジア太平洋地域の特徴
この地域は全体的に難民受け入れに消極的とされていますが:
韓国:近年制度を整備し、認定率も向上
タイ:条約未加入ながら、ミャンマー難民を事実上受け入れ
マレーシア:ロヒンギャ難民への対応で国際的注目

申請者が直面する現実と課題
難民申請中の人々は、法的地位の不安定さから多くの困難に直面しています。
生活面での課題
難民申請中の人々が最初に直面するのが就労制限です。申請から6か月間は原則として働くことができず、その後就労許可が出ても職種や労働時間に制限があります。さらに在留資格が不安定なため、雇用主からも敬遠されがちです。
住居確保も深刻な問題です。保証人がいないことや言語の壁により、アパートへの入居を断られるケースが多く、経済的困窮も相まって選択肢が極めて限られています。
医療へのアクセスも困難です。健康保険への加入手続きが複雑で、医療費の負担も重く、特に心理的なケアを必要とする人への支援体制は十分とは言えません。
社会的な困難
言語の壁
- 日本語学習の機会が限定的
- 行政手続きの複雑さ
- 子どもの教育言語の問題
社会的孤立
- 文化的違いによる孤立感
- 地域コミュニティとのつながりの欠如
- 精神的ストレスの蓄積
法的支援の不足
- 専門的な法的助言を受けにくい
- 複雑な手続きの理解困難
- 通訳・翻訳サービスの不備
特に困難な状況にある人々
無国籍の申請者
身分証明書類がないため、より複雑な立証が必要。
LGBTI申請者
性的指向や性自認による迫害の立証が困難。
女性申請者
ジェンダーに基づく迫害(FGM、名誉殺人等)の理解不足。
子ども
保護者なしで来日した未成年者への特別な配慮が必要。

人道的配慮による支援制度
難民として認定されない場合でも、人道的な観点から在留が認められるケースがあります。
人道的配慮の対象
「定住者」資格での在留許可
- 本国情勢により帰国困難
- 家族の事情(日本人配偶者等)
- 長期間の日本滞在による生活基盤の確立
具体例
- ミャンマー情勢悪化により帰国困難な申請者
- 日本で生まれ育った子どもやその家族
- 深刻な病気により治療継続が必要な人
補完的保護の概念
近年、「補完的保護」という考え方も導入が検討されています。これは:
- 難民条約上の定義には該当しないが
- 本国に送還すれば生命・身体に危険がある人
- を保護対象とする制度
この制度により、より多くの人々が保護を受けられる可能性があります。
課題と限界
一時的・不安定な地位
- 更新が必要で将来が不透明
- 家族の呼び寄せが困難
- 社会保障の制約
審査の不透明性
- 明確な基準の欠如
- 判断のばらつき
- 予測可能性の低さ
市民社会による支援の取り組み
政府制度を補完する形で、多くの市民団体やNPOが支援活動を展開しています。
支援団体の活動内容
支援団体の活動は多岐にわたります。まず生活面では、住居の提供や住居探しの支援、食料や生活必需品の配布、医療機関の紹介や同行支援など、日々の生活に欠かせない基本的なサポートを行っています。
法的支援も重要な役割です。申請書類作成の支援から法的相談、代理人の紹介、さらには裁判費用の支援まで、複雑な法的手続きを専門知識のない申請者が一人で行うのは困難なため、このような支援が不可欠となっています。
社会統合の面では、日本語教室の運営、就職活動支援や職業訓練、子どもの学習支援などを通じて、申請者が日本社会で自立して生活できるよう長期的な視点でサポートしています。
さらに多くの団体が政策提言活動も行っており、制度改善への働きかけや国会議員・省庁への要望提出、国際機関との連携を通じて、制度そのものの改善を目指しています。
主要な支援団体
全国規模の団体
- 難民支援協会(JAR)
- 難民を助ける会(AAR Japan)
- アムネスティ・インターナショナル日本
地域密着型の団体
- 各地の国際交流協会
- 宗教団体による支援
- 弁護士会による法的支援
市民参加の形
ボランティア活動
- 日本語指導
- 生活支援・同行支援
- 通訳・翻訳
寄付・募金
- 団体への継続的な寄付
- 緊急支援への特別募金
- クラウドファンディング
政策関与
- パブリックコメントへの参加
- 政治家への働きかけ
- 署名活動への参加
よくある誤解を解く
難民問題については、メディア報道や不正確な情報により、多くの誤解が生まれています。
誤解1:「難民申請=不法滞在」
誤解の内容
難民申請をする人は皆、不法に日本に入国した人々である。
事実
多くの申請者は適法に入国し、観光ビザや就労ビザなどで滞在中に申請しています。紛争や迫害が急激に悪化し、帰国できなくなった人も多数います。
誤解2:「経済目的の偽装申請が大部分」
誤解の内容
ほとんどの申請者は就労目的で、迫害などは存在しない。
事実
確かに経済的動機の申請も存在しますが、多くの申請者は出身国での深刻な人権侵害や生命の危険に直面しています。審査はこの区別を適切に行うために存在します。
誤解3:「難民は簡単に生活保護を受けられる」
誤解の内容
難民申請者は自動的に手厚い社会保障を受けられる。
事実
実際は逆で、在留資格の不安定さから社会保障制度への加入が困難で、多くの申請者が経済的困窮に陥っています。
誤解4:「受け入れれば治安が悪化する」
誤解の内容
難民を受け入れると犯罪率が上昇し、治安が悪くなる。
事実
統計的に見て、適切に保護・統合された難民が犯罪率を押し上げるという証拠はありません。むしろ、排除や差別が社会不安の要因となることが多いです。
誤解5:「日本は島国なので難民は来ない」
誤解の内容
地理的条件により、日本に来る難民は本物ではない。
事実
現代では航空機による移動が一般的で、地理的距離は大きな障壁ではありません。実際に迫害から逃れてきた人々が、様々なルートで日本にも到着しています。
この問題を考えるために
難民問題は複雑で、簡単な答えのない課題です。しかし、私たち一人一人ができることがあります。
正しい情報の収集
難民問題について理解を深めるためには、まず信頼できる情報源から正確な情報を収集することが重要です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や政府機関の統計・報告書、学術研究機関の調査、支援団体の現場報告などが信頼性の高い情報源として挙げられます。
同時に、メディアリテラシーを身につけることも大切です。一次資料を確認し、複数の視点から情報を収集し、感情的な表現と客観的事実を区別し、統計データを適切に理解する能力が求められます。
当事者の声を聞く
理解を深めるためには、当事者の声に直接触れることも重要です。支援団体のイベントに参加したり、多文化交流プログラムに参加したり、語学ボランティアを通じて実際に交流する機会があります。直接的な交流が難しい場合でも、当事者の手記や証言集、ドキュメンタリー映画、専門家による報告書やルポルタージュを通じて、間接的に理解を深めることができます。
社会参加の方法
個人レベルでは、正確な情報を周囲に共有し、偏見や差別的発言に適切に対処し、多様性を受け入れる意識を持つことから始まります。社会レベルでは、政策議論に積極的に参加し、選挙において関連政策を考慮に入れ、市民社会活動を支援することが重要です。
長期的な視点
難民問題は一時的な課題ではなく、グローバル化する世界の構造的な問題です。
根本原因への取り組み
- 紛争予防・平和構築
- 人権保障制度の強化
- 経済格差の是正
- 気候変動対策
国際協力の重要性
- 責任分担の原則
- 開発援助との連携
- 地域協力の促進
- 国際法の発展
まとめ

難民申請制度は、迫害や深刻な人権侵害から逃れてきた人々を保護するための重要な国際的仕組みです。
理解しておきたい要点
- 難民申請は「生命の危険から逃れる」ための法的手続き
- 国際法により各国に保護義務が課されている
- 日本の制度は厳格で、認定率は国際的に低水準
- 申請者は多くの困難に直面している
- 市民社会による支援が重要な役割を果たしている
- 誤解や偏見ではなく、事実に基づいた理解が必要
求められる視点
この問題に「正解」はありませんが、以下の視点が重要です:
- 人道主義:困窮する人々への共感と支援
- 現実主義:制度や社会の限界への理解
- 国際主義:国境を越えた協力の必要性
- 持続可能性:長期的で建設的な解決策
難民問題は「遠い国の話」ではなく、グローバル化した現代社会に生きる私たち全員に関わる課題です。一人一人が正しい知識を持ち、建設的な議論に参加することで、より良い解決策を見つけていくことができるでしょう。
完璧な制度や社会は存在しませんが、不完全さを認めながらも、より人道的で持続可能な社会を目指していくことが大切です。

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